「インポッシブル・アーキテクチャー」に見た巨匠たちの夢の跡

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どうも、久々の投稿です。
まだまだ特に読んでいる人もいないかと思いますが、今後増えた時のためにどうもとか言っておきます。

本日は会社の上司に一ヶ月前くらいにおすすめされていながらずっと言っていなかった埼玉県立美術館で開催中の展示「インポッシブル・アーキテクチャー -もうひとつの建築史-」に行ってきました。

実は自分は大学時代は建築学科に所属していまして、前職は建築設計事務所に勤務、そして現在も建築ではありませんが空間設計の仕事をしています。
大学時代の自分はといえば意外にも建築にのめり込んでいまして、かなりの建築大好き少年でありました。
ですのでそこらのおしゃれ気取りで生半可に「コルビジェ!コルビジェ!」「ケンチク!オシャレ!」とか言っているやつ(見たことない)とは一段も二段も違うんだということだけはなぜかマウント気味に言っておこうと思います。

とはいえなぜ一ヶ月も行っていなかったかというと、単純にめんどくさいのと埼玉県立美術館(最寄駅は北浦和)遠いよというのが原因。
私は出身は美大で、それなりにアートとかデザインは今でも好きなんですが、なんせ本やネットで済ませるタイプで、いざ美術館とかに行くとなるとなかなかどうして体が重くなってしまいます。そんな時に
「あ、自分て実はそこまでアートとかデザインとか好きじゃ無いのかな…」とか思ってしまいます。
でもそれもあるかもしれないですが、美術館て疲れるんですよね、単純にかなりの集中力いるし、それを持続させないといけない。
なおかつ色々考えさせられたり、わからなかったりすると結構後になっても調べたりしちゃうんで。
そういう一面があったりすると、それはそれで自分はちゃんとアートやデザインとそれなりに向かい合ってはいるんだなと再確認したりして、まぁやっぱり行ってみて損はないなと思ったり、やっぱり疲れてしまったり。

前置きと自分語りが長くなりました、すみません。
さて、この展示はどんな展示なのか、というと

20世紀以降の国外、国内のアンビルト(実際には建たなかった)建築に焦点をあて、それらを仮に「インポッシブル・アーキテクチャー」と称した。ここでの「インポッシブル」という言葉は、単に建築構想がラディカルで無理難題であるがゆえの「不可能」を意味しない。

言うまでもなく、不可能に眼を向ければ、同時に可能性の境界を問うことにも繋がる。建築の不可能性に焦点をあてることによって、逆説的にも建築における極限の可能性や豊穣な潜在力が浮かび上がる

ほぼ公式サイト引用

ラディカルてなんやねん、なんやむずそうやな、て感じもしますが、とにかくまぁこんな感じの展示なんですね。
要は建たたなかった建築大集合させました、、しかも模型とか図面とかめちゃあるでって感じです。
最近だととても話題になった新国立競技場なんかが記憶に新しいかと。
そもそもなんで建たなかった建築なんてものがあるかというと、そこには実に膨大な数の理由があります。
それはお金が足りなかったり、計画自体が壮大すぎたり、建設会社が倒産してしまったり、新国立競技場のようにある意味建つ一歩手前まで行ったのに、得体の知れない世間の波にのまれてしまったり、本当に理由は一概にはいえません。
そう思うと逆に、今建っているそこらのペンシルビルにも小さなドラマがいくつも重なった結果、凛とした姿でその地に根を張っているとも言えるわけです。

この展示は建築が特に好きでは無い人にとってはそこまで面白いものでは無いと思います。
しかし私の胸にはとても響き、冒頭ではある映像が見られるんですが、不覚にも私はそこで涙を流しそうになりました。

どんな映像かというと、ただ東京の街並みを撮っているだけのアンビエントな映像です。
しかしそこにはこの展示会で展示されている実現しなかった建築たち、すなわちインポッシブル・アーキテクチャーが凛とした姿で聳え立っているのです。
新幹線が疾走するその後ろで、ゆりかもめが大きく弧を描きターンする東京湾の海上で、黒川紀章の東京計画や、磯崎新の空中都市が、東京の日常風景を構成する一部として建っているのです。
世界で活躍しながらも、果たされなかった巨匠たちの夢がここに結実し、論争を交わし合った彼らの夢が東京を支えている、そしてそれらが作り出す風景は荘厳で、東京が映画で見る未来都市のように映り、とても感動的でした。

ちなみにこの映像に出てくる建築の多くはメタボリズム建築と呼ばれ、世界的に議論が交わされた建築様式です。さらにはこのムーブメントは日本が戦後初めて世界に打ち出した、日本初、日本発世界的アートムーブメントなのです(わかりづらくてすみません。)

巨匠たちの夢と、野望が詰まったメタのリズムの壮大な都市、建築計画

今はもう存命でない建築界の巨匠のそうそうたる方々がこれをみたらと考えると、自然と涙が溢れそうになりました。
そして同時に大学時代に友人たちと熱い建築建築議論わ交わした数々の夜、誇大妄想にふけった日々がフラッシュバックし、もはや涙腺崩壊間近でした(実際には涙は一滴も出ませんでした。)

関係があるのかわかりませんが、未来都市というと先日仕事で香港に行くことがあって、香港の街並みはブレードランナーをはじめ、AKIRA、攻殻機動隊などさまざまなSFアンセム作品でモチーフにされていて、あのペンシルビルが幾重にも重なるように立ち並ぶ光景を思い出しました。
そしてこの細いビルの中の一つ一つの窓の一部屋一部屋に人間の営みがあるんだと思うととても不思議で、なんだか目の前にいるのにまだSFの風景を見ているようでありました。

都市が垂直に伸びていくAKIRAのネオ東京

先に触れたメタボリズム建築が映る例の映像も、インポッシブルアーキテクチャーの中に無数の住居が埋め込まれていて(メタボリズム建築は建築そのものが都市構造になっているという思想が強く、無数の住戸が配置されていて、それらが建物の表層のデザインになっているものが多い。)架空の建築の中に住む人々の営みにまでつい空想を描いてしまいました。

とはいえ映像の中の東京の風景はある意味ディストピアといえばディストピアのようにも見えたりして、あれらが建つだけで急に共産主義都市のように感じられて、まぁ普通に考えて建たなかった未来に私は住んでいてよかったなぁともちょっと思ったりもしました。

なんにしろこの展示では我々が経験しなかったもう一つの世界、言わばパラレルワールドの一端を見せてくれます。
正に幻の姿を垣間見ることができた、そんな興味深い展示でした。
是非是非みなさんにおすすめ!!とかいいたいところなんですが悲しいことにこの展示本日を持って終了、つまりは最終日滑り込み体験でしたので、いつか図録なんかがでたら是非とも買ってみてください。
違う世界に住むもう一人の私たちの世界、もう一人の私たちとの姿を見ることができるかもしれません。

下記に無事実現した巨匠たちの夢、主にメタボリズム建築家が実際に建てたメタボリズムの意思を持った建築を紹介します。とりあえず都心に住む人が気軽に行けそうなものを二つピックアップ。
まずはメタボリズム建築の旗頭、東京都知事選にも立候補した黒川紀章氏の作品から

中銀カプセルタワービル
東京都中央区銀座8-16-10

まずは「中銀カプセルタワービル」これは新橋駅から10分くらい歩けば見られるので、都心在住の人が一番見やすい建築でなはないでしょうか。
25年に一度このポコポコしたカプセルを交換することで永遠に新陳代謝し続けられるという構想の基竣工されたこのビルですが、竣工から今まで一つのカプセルも交換されていません。メタボリズムというのは建築自体が新陳代謝し続けて、それらが連なり合うことで都市が生まれるという思想が根本にあります。ですので基本はこの建築のように表層に交換可能な住居ポッドみたいなものがたくさんついたデザインが多かったんですね。
下の写真の当時のインテリアなんかも気持ちいい未来感満載でめちゃくちゃいい感じなんですけど、ここも解体の流れとなっているみたいですね。
実際目の前で見ると結構小さくて可愛らしかったりします。
黒川紀章氏は2007年に亡くなってしまいましたが、彼の建築は全国だけでなく全世界で元気な姿を見ることができます。

お次は日本建築界のゴッドファーザー、丹下健三氏の作品

静岡新聞・静岡放送東京支社ビル
東京都中央区銀座八丁目

丹下健三といえば私の親世代(60歳前後)であれば名前ぐらいはだいたい知っているらしく、とりあえず都庁建てた人といえばもう誰も知らない人はいないかと思います。
建築のノーベル賞と言われるプリツカー賞を日本人で初めてとった人物でもあります。
この建物もこれだけ見ればなんだかこじんまりして見えますが

磯崎新 空中都市

メタボリズム全盛期に発表された超壮大な計画、この磯崎新氏の「空中都市」を見ると、メタボリズムの意思が存分に詰まった建築だということがわかりますよね。
丹下健三氏も既に存命ではないですが、正に日本の建築界のゴッドファーザーたる人物で、デザイン、思想からなにまで日本の建築業界に与えた影響はあまりにも大きいです。
ちなみに前出の黒川紀章氏も丹下健三氏お弟子さんで、空中都市の磯崎新氏も同じくお弟子さんです。そして黒川氏と磯崎氏は互いに競い合うライバルでした。
そんな背景を知っているとこの展示は余計に泣けてくるのです。
ちなみにちなみますが磯崎氏は先日先述しました建築界のノーベル賞であるプリツカー賞を受賞しました。おめでとうございます。

と、まぁ長く書いた挙句になぜか建築物紹介までしてしまいましたが、とにかくこの展示が終わる前に行ってこのブログ書いておけば良かったと思う次第です。
メタボリズム建築を主体に書いてしまいましたが、他にもたくさんの魅力と可能性に溢れながらもこの世に生まれ出ることができなかった建築をたくさん見ることができます。
中でも建設中の新国立競技場の幻のザハ・ハディド案の膨大な資料の数々は関わった担当者たちの恨みつらみ、そして悲しみ、悔しさが詰まった展示でした。一時社会的にもかなり注目された出来事、建築だけあってかなりパワフルな内容。
なんであの建築はインポッシブルになってしまったのか、あの当時私たちは報道に対してどんな感情を抱いていたのか、その裏にあった真実は何だったのか、これは単に建築だけの問題ではなく日本社会が抱える大きな、重要な問題な感じがしました。(実際展示のメインもこれです。)

そして、もし建築に興味がある方は、現在上野の国立西洋美術館で「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」という展示が開催中です。
国立西洋美術館は今年で60年を迎えるもはや歴史的建造物、そしてその設計者がこのル・コルビジェです。建築史の中ではもっとも需要な人物であり、近代建築の幕を開け、建築の価値をあげた人物です。これはあまり建築に興味ない人が見ても絶対に面白いと思うのでとてもおすすめです!(おすすめしてるけどまだ行っていません。)

美術館巡り、ちょーっと腰が重いけども事前に知識を入れて行けば何倍も楽しめますので是非足を運んでみてください!

では!!!!!

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