映画というものには起承転結がある。
起で主人公はある目標のようなものを決め、承ではその目標へ向かう道中での苦難や仲間たちとの友情が描かれ、転はいわゆるクライマックス、目標に辿り着いて感情は一気に高まる。そして結でその感情の高まりをクールダウンさせて心地よく映画は幕をおろす。
こんな映画の構造は誰でも知っていて、映画のみならず古今東西の物語と言われるものは大抵この様式にのっとって作られている。
でもこれは決してこうではなくてはならないという決まり事ではない。
開始10分で感情が爆発して号泣させても良いし、ラストの10秒で死ぬほど感動させてもいい。
クライマックスで感情を爆発させないといけないなんて実は誰も決めてはいない。
だからもちろん始まりから終わりまでずーっと感動しちゃう映画があったって良いのだ。
私にとって「ストーリー・オブ・マイライフ/私の若草物語」まさにそんな映画だった。
「ストーリー・オブ・マイライフ 〜私の若草物語〜」(2019年アメリカ公開)
監督:グレタ・ガーウィグ
原作:ルイーザ・メイ・オルコット「若草物語(原題:Little Women)」
脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ティモシーシャラメ、エマ・ワトソン、フローレンス・ビュー、
エリザ・スカンレン、ローラ・ダーン、メリル・ストリープ

「ストーリー・オブ・マイライフ 〜私の若草物語〜」はその副題にもあるようにルイーザ・メイ・オルコットの「若草物語(原題:Little Women)」を原作にしている。
監督のグレタ・ガーウィグが子供の頃から大切にしていた物語を現代に蘇らせた想いの詰まった作品だ。
「ストーリー・オブ・マイライフ 〜私の若草物語〜」(以下ストーリー・オブ・マイライフ)はマサチューセッツに住むマーチ家の4人姉妹のお話、もう少し広く言えば4人姉妹とその母、そして叔母の6人の女性の生き方の話。
マーチ家は強い宗教心から貧しく慎ましい生活をする女だけの家族(父は南北戦争に従軍牧師として出兵している)。
それでも貧乏な暗い家族という感じは全くなく、むしろ4人姉妹は身を寄せ合い、仲睦まじく暮らしている。
「ストーリー・オブ・マイライフ」は「女性」が社会でどう生きるか、「女性」が生きる世の中が原作「若草物語」が出版された100年以上前からどのように変わったのか、「女性」の幸せとはなんなのか、そんなテーマ性を帯びている。
そして今のところ誰かが「ストーリー・オブ・マイライフ」を語る時、だいたいはそういった切り口で語られている。
もちろんここに関しては文句は無くて、男の自分ですら感じた事、学んだものは多かった。
でも私はこの映画をそういった俯瞰的な視点からだけで観るのはもったいないと思う。
なぜならこの映画には4人姉妹のとんでもないほど幸せな姿が描かれているから。
そしてその描き方がとんでもなく暖かさをもった美しさで、同時に少し残酷でもあるから。
あまりにも眩しくて、暖かくて、愛に満ちた彼女達のその姿をすくいあげずに、映画のテーマ性にばかり気をとられるのは映画本来の楽しみ方を忘れてしまっている気がしてならない。
物語は主人公である次女のジョーを中心に描きながら進んでいく。
4人姉妹は姉妹だからもちろん似ている部分は多いはずなんだけれど、この映画では彼女達一人一人の個性にフォーカスを当てて描いている。
長女のメグ(エマ・ワトソン)はしっかりもので純粋な愛を求めている。
次女であり主人公のジョー(シアーシャ・ローナン)は男勝りで作家になる夢を抱いている。
三女のベス(エリザ・スカンレン)は病気がちだけど誰よりも優しくて、ピアノが上手。
末っ子のエイミー(フローレンス・ビュー)はわがままで、ちょっとおませな女の子。

そしてエマ、ジョー、ベス、エイミー、この4人姉妹が見せる幸せな光景こそが「ストーリー・オブ・マイライフ」の一番の見所であって、この4人の幸せが描けているからこそ、内に秘めたる「女性」の生き方、というテーマ性をより強く感じさせているのではないだろうか。
長女のエマが個性豊かな妹達を優しく見守る眼差しや、活発なジョーが自分の書いた話を読ませる楽しそうな表情、内気なベスの奏でる優しいピアノに3人がうっとりする時間、わがままなエイミーが見せる無垢な笑顔。そのどれもが他の3人がいてこそ生まれるもので、そこには彼女たちだけが作りうる幸せの形がある。
もちろん喧嘩もするけれど、誰かのピンチには必ず誰かが助けにきたり、誰かに良いことが起こったら頬をすり合わせて喜ぶし、悲しいことがあったら4人で身を寄せ合い悲しみを共有する。
特にこの4人がぎゅうっと身を寄せ合うシーンを見ているとたまらなく幸せで、愛おしく思える。
彼女たち4人が集まらないと生まれない幸せがこの映画には確かに詰まっている。
マサチューセッツの雪のつもる冬と対照的に、小さな彼女達の暖かい愛と幸せがスクリーンいっぱいに広がる。
でも同時にその幸せな4人を見ていると涙が溢れてくる。
なぜかっていうと、実はこの映画は少し変わった構成で作られているから。
この映画は大きく二つの時制に分けて構成されている。
一つは4人姉妹が狭い家で肩を寄せ合って暮らした少女期、そしてもう一方が彼女たちが離れ離れになって暮らす成年期。
その二つの時制が最初はこんがらがってしまうくらいにシームレスに交互に描かれる。
おおよそ15分間隔で二つの時制がコロコロと入れ替わる。
様々なものに守られて支えられた子供時代、しかし大人になるにつれて辛い経験を重ねるのが人間の性。そう言わんばかりに成年期の彼女達には厳しい現実が立ちはだかる。
愛し結婚すると決めた男が貧乏男で一向にまずしさから抜けられない長女のメグ、作家になる道を突き進みニューヨークへ渡るも女性蔑視で書きたい結末を書けないジョー、元々身体の弱いベスは病床に伏し、画家を目指すエイミーは才能の壁に悩まされ金持ちの男との結婚という妥協と葛藤する。
幼く身を寄せ合う4人姉妹の幸せな姿の直後に、バラバラになり苦難にぶちあたる4人の姿。
しかも少女期を暖色(オレンジ味の強い色調)の映像で描き、成年期を寒色(ブルー味の強い色調)の映像で描くことで、4人姉妹の幸せだった時期と苦しい時期は残酷なまでにクリアに描き分けられている。
こうして監督グレタ・ガーウィグは彼女達の眩しいほどの幸せと、その幸せの終わりをほぼ同時に突きつけてくる。
しかもそれを何度も繰り返す。幸福を見せて、すぐにその終わりを見せる。
彼女達の強い絆を見せた後で、どうしようにも抗えない断絶や現実を見せつけてくる。
でも、だからこそ彼女達の幸せはより輝いて見える。
終わると分かってしまっているからこそ彼女達の幸福がより力強く輝いて、
遠くへ離れてしまうと分かっているからこそ彼女たちが身を寄せ合う距離に愛しさを感じる。
そして、それが繰り返されるからこの映画はどんな場面でも泣けてしまう。
どの部分を切り取ってもそこには暖かな幸せがあって、同時にその幸せの寒々しい終わりがセットなっている。
終わらない幸せを見せられるよりも、幸せのなかった苦しさを見せられるよりも、それらが共存しているという儚さや寂しさに、きっと人は心を動かされる。
映画はクライマックスで感動するもんだと思っていたら度肝を抜かれる。
グレタ・ガーウィグは「ここも!」「はいここも!」「ここも感動!」「あ、そこも感動!」
と、いとも簡単に感動を差し出してくる。
しかもそのどれも極上の幸せと、どうしうもなく横たわる厳しい現実が共存している。
だから一品一品の感動は全く安っぽくならない。
どれもリアルで、確かにそこにあったもので、いつまでも続かないとうっすらと分かっていたこと。
それを何度も差し出されると、もう言葉が出ずに涙だけがとめどなく溢れ出てくる。
「ストーリー・オブ・マイライフ」はアップダウンがめちゃくちゃ険しい山みたいで、
一つ谷を越えるたびに言いようもない感情が湧き出てくる。
道中で大切な仲間に出会い、越えるごとにその仲間を失ってしまうみたいに、大切な思い出と別れが同居する。とんでもなく寒暖差の激しい映画。
もちろんクライマックスに行くに従って寒暖差は強くなる一方なので、山頂ではもう色んな感情が一気に押し寄せてきて満身創痍は必至だ。
でも、山頂から見る景色はびっくりするくらいクリアで透き通っていて爽やか。
こういう山頂の景色を見せてくれる映画はあんまりない。
この映画には4人姉妹の少女期の幸せと、成年期の幸せの終わり、そして最後には「女性」として生きていく強い覚悟が描かれている。
ラストショットでは幸せと苦難を経験し、それでもグイっと顔を上げたジョーが強い眼差しで窓の向こうを見やる。
監督のグレタ・ガーウィグは女性監督。
4人姉妹の幸感溢れる少女像、同時にその幸せの終わりを描くドライな視点、そして最後には凛々しく力強い眼差しでピシッと結ぶ。
これは女性であるグレタ・ガーウィグだからこそ創造できた映画だろう。
女性がもつチャームや愛しさ溢れる距離感を熟知し、女性だからこそぶちあたる苦難を経験し、さらにクリエイティブという男でも難しい業界でサバイブしてきた彼女でなければ、きっとここまでパワフルな「若草物語」は生まれなかった。
まさにグレタ・ガーウィグだからこその「私の若草物語」なのだ。
というわけで「ストーリー・オブ・マイライフ」、もう今年、というよりは近年でベストに近い、いや人生ベスト級とも言えちゃいそうな、本当に、ほんっとーに最高な映画でした。
グレタ・ガーウィグとマーチ4姉妹最高!!

ちなみにグレタ・ガーウィグの旦那さんはノア・バームバックという映画監督。
昨年のNETFLIXオリジナル映画「マリッジ・ストーリー」が話題になって、「ストーリー・オブ・マイライフ」と共にアカデミー賞作品賞にノミネートされていました。
とんでもない夫婦ですね。
「マリッジ・ストーリー」に関してもこちらのブログで書いているのでお時間あれば是非とも読んでいただければと思います。

では!!

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