日本時間の2022年2月8日夜(今日)第94回米国アカデミー賞のノミネート作品が発表される。
作品賞の受賞が確実されている作品にNetflixオリジナル作品「ドント・ルック・アップ」がある。
コメディの名手アダム・マッケイ監督の最新作だ。
アダム・マッケイ監督のコメディ作品は単純なコメディの枠には収まらない。
ある時はそこに経済を、ある時にはそこに政治を掛け合わせ抜群の笑いを生む。
そして掛け合わされたものが持つ本質的な愚かさや可笑しみを照らす黒い皮肉の光が混じっている。
散々笑えて、それでいてドス黒いブラックユーモア、これがアダム・マッケイ監督の特性だろう。
最新作の「ドント・ルック・アップ」ではコメディに地球滅亡というSF要素を掛け合わせることで人類の愚かさを黒い笑いたっぷりに描いた。
今回の記事はアダム・マッケイ特集第二弾「タラデガ・ナイト オーバルの狼」について書いていきたい。
今作でアダム・マッケイは何をコメディに掛け合わせたのだろうか
アダム・マッケイ特集第一弾「俺たちニュースキャスター」の記事はこちら

概要
製作陣・キャスト
「タラデガ・ナイト オーバルの狼」は2006年アメリカ公開(日本では劇場未公開)のコメディ映画。
監督はアダム・マッケイ。
主演はアダム・マッケイの前作「俺たちニュースキャスター」と同じくコメディアンのウィル・フェレル。
脚本は監督のアダム・マッケイと主演のウィル・フェレルの共同執筆。
前作でコメディムービー界に鮮烈な印象を残した二人が再びタッグを組んだ作品となっている。
その他の出演にポール・トーマス・アンダーソン監督の「ブギー・ナイツ」でコメディリリーフが光っていたジョン・C・ライリー。今作でもかなり笑わせてくれる。
そして「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」で話題となり今や世界的コメディアンのサシャ・バロン・コーエン。そこまで売れていなかった頃のエイミー・アダムスも重要な役どころで出演していて、こちらも今や大女優となっている。

前作の「俺たちニュースキャスター」同様、今見ると映画の内容とは裏腹にかなりの豪華キャストが顔をそろえているのに驚く。
その他の出演に「俺たちニュースキャスター」でスポーツ担当だったデヴィッド・ケックナー、モデルのレスリー・ビブ、ラッパーのモス・デフなど。
アダム・マッケイとウィル・フェレルの関係性などは前回の記事を参照してもらえると嬉しいです。
あらすじ
スピード狂の父親のかっ飛ばす車の中で生まれた男リッキー(ウィル・フェレル)。
リッキーは父から「1番以外は全部ビリだ!」と言われ、レーサーに憧れる幼少期を親友のキャル(ジョン・C・ライリー)と過ごす。
大人になったリッキーはキャルと共に憧れの舞台NASCAR(市販車に似せた純レーシングカーを使用した北米大陸で行われるカーレース)の地に立っていた…メカニックとして。
しかしある日のレースでリッキーの運命が動き出す。
ピットイン中にバーガーを頬張り出した怠け者ドライバーの代わりにリッキーがドライバーを務めることになったのだ。
スピードの中で生まれた男リッキーはレースを支配し、そのままあれよあれよNASCARのトップドライバーへと上り詰める(なぜかキャルも)
美人でホットな妻、豪邸、二人の子供。富と名声を手にしたリッキーだが突如元F1ドライバーのフランス人ジャンが姿を現し、リッキーは挫折の転落の道を転がり、ついには運転すらできない体となってしまう。
そんなリッキーの前に現れたのは…

魅力:笑ってたらいつのまにか手に汗握る
アダム・マッケイ監督の作品(特に初期)は映画に溢れる笑いをただ存分に浴び続けてるだけで十分に楽しめる。
展開や派手なアクションではなく会話劇で笑わせるスタイルは監督のアダム・マッケイがトークコメディショーの出身でウィル・フェレルがその番組の主要キャストでコンビを組んでいたという、二人の出自が大きく影響しているだろう。
さらに前作「俺たちニュースキャスター」ではウィル・フェレル演じる主役のロンに対して小粒的配置でその3人の仲間たちの掛け合いが笑いを生むスタイルだったのに対して、今回は明確なバディであるジョン・C・ライリーという存在を置くことで笑いのアンサンブルがより明確になり、前作とは違った笑いのリズム感が生まれている。
どちらの方が面白いという問題ではないが、笑いの、掛け合いのバリエーションを複数味わえるのはアダム・マッケイ作品を追っていく中での楽しみの一つである。
もちろんジョン・C・ライリーは前回の3人分(ポール・ラッド、スティーヴ・カレル、デヴィッド・ケックナー)の笑いをしっかり担保できている。
冒頭でアダム・マッケイがコメディに何を掛け合わせるか…と書いたがその掛ける基のコメディにしっかりとした、確固たる笑いがあるからこそ、掛け合わせるものをブラックに笑える余白が生まれる。
前作と同じくエンディングに挿入されるアドリブNGシーン集を見れば、この製作陣がどれほど笑いに重点を置いているかを感じられるだろう。
それはもはや執念に近いものすら感じる程だ。
まずはアダム・マッケイが妥協なき態度で差し出す笑いに、腹を抱えて笑いながら観てもらいたい。
そして今回コメディに掛け合わされたのが動的なイメージ・モチーフを多様に含んだ「レース」というモチーフだ。
作品のキービジュアルから分かる通り今作は「レース」を主題・舞台にしている。
極めてスポーティーでスタイリッシュなモチーフながらそこはかとなく間抜けな雰囲気が漂うのが不思議なところだが、この映画のレースシーンは意外にもレベルが高い。
個人的にはレース映画のなかで最も感動したのは映画館で鑑賞した「フォードVSフェラーリ」だ。アカデミー賞の作品賞にもノミネートされたこの作品が映画館に響かせる車体の轟音、過ぎ去っていく風切り音は、タイヤの焦げた匂いが漂いそうな程の臨場感だった。
そこに車に取り憑かれた二人の男(マッド・デイモンとクリスチャン・ベイル)の情熱がベースのビートを作り映画全体がアドレナリン全開の狂想曲のような、真っ直ぐながら複雑な想いを奏でる。
「フォードVSフェラーリ」はそんな映画だった。

話を「タラデガ・ナイト オーバルの狼」というなんだか間抜けな顔をした映画に戻そう。
散りばめられたギャグにアホ面で笑っているとレースシーンが突如飛び込んでくる。
そこで驚嘆する。
この映画、実はレースシーンが結構大迫力なのだ。
いや、結構どころじゃない、かなりの第迫力。
過ぎ去っていくレーシングカーが生む風圧、ドライバー達の言葉なきバトル、オーバル(サーキットの卵型の長円コース)の狼達がスポンサーのステッカーを貼り付けてかっ飛ばす世界に引き込まれる。
エキサイティングでハイスピードでテンションマックス!
ドライバーを映すカメラでは運転席の奇怪な行動でさりげなく笑いを置きながらも、また次の瞬間では高速の男たちの戦いが火花を散らす。
正直先述の「フォードVSフェラーリ」にもひけを取らない程の迫力が、この映画のレースシーンには確かにある。
少し俯瞰した見方になるがこんだけ真面目にレースシーンを取っておきながらそれ以外はほぼ全編笑いに振り切っているという異常なバランスも離れて見てみるとまたおかしくなってくる。
「いったどんなバランス感覚で映画作ってんだよ、頭おかしいよ」とも思うのだが、やはりレースシーンの迫力もこの映画の一つの魅力になっている。
ってことで「タラデガ・ナイト オーバルの狼」は、とにかくバカらしくて笑えて、そしてなぜだかレースシーンが異常に迫力があり、その奇怪なバランス感覚すら笑えてくる。という不思議な映画だ。
そこが魅力で笑いながらも時に興奮して手に汗握ることもできる。
考察:皮肉ではなくコメディ軸の強化が感じられる一作
アダム・マッケイが作風がコメディを軸に、掛け合わせる対象物でその対象物の根底にあるおかしさや愚かさをブラックに笑う、そんなスタイルなのではないかと冒頭で記した。
今回はその対象物が「レース」であり、もっと広めて言わせてもらえればそれは「スポーツ」や身体感覚でスターになった人々だろう。
最新作の「ドント・ルック・アップ」ではコメディにSFを掛け合わせ、地球最後の瞬間でさえ人類が「立ち上がらない」愚かさを描いて笑いと恐怖を観客に与えた。
人類は「アルマゲドン」のように一つになって願ったりしないんじゃないかという仮説は、奇妙にリアルで映画に撒かれた無数の笑いとは相反して、最終的に笑えない映画になっている。
前作の「俺たちニュースキャスター」では男たちの女性に対する子供じみたいたずらで散々笑わせてくれた。
しかし僕らが笑っていたものが実際に大人の男達(しかも組織を動かす側の)がした子供じみた出来事だったことに最後には一抹の恐ろしさすら感じさせる作品だった。
今回の「タラデガ・ナイト オーバルの狼」の笑いの影にはどんな黒い皮肉が横たわっているのだろうか。
とは言って見たものの、正直いうと今回はアダム・マッケイ特有の皮肉、というものはあまり感じられなかった…
スーパースターと憧れられる存在のバカな失敗や愚かさを軸に、
「崇拝される人物だってこんな未熟で未完成だよ、君たちはこの映画の冒頭とエンディングだけを見るように、彼らの良い部分だけを見てるんだよ」…
という視点を持って見てみればそうみえなくもないが、明らかにこの映画はそんな事を言う作りにもなっていない。
それでもアダム・マッケイがコメディと何かを掛け合わせることでコメディのその先に何かを模索している、という仮定を続けてみる。
そうすると今作のコメディに「レース」「スポーツ」を掛け合わせたスタイルは皮肉というブラックなものより、アダム・マッケイのコメディ世界の強さをより増強し、且つ一本の映画として観客の集中力を強制的に持続させる効果があったのではないかと思う。
前作の「俺たちニュースキャスター」はテレビ業界を舞台に会話や男たちのバカなイタズラ、男同士の愚かで子供じみすぎた奇妙なリアルさで笑わせた。
しかし笑いの強弱はありつつもストーリー展開や映像的な起伏(アクション等の動的要素)があまりなく、最終的にはかなり無理のある(そこにもしっかりと笑いを盛り込んでいるが)展開で無理やり映画を終着点に着陸させた感があった。
すると必然的に笑いにも飽きる時間帯があり、退屈してしまう時間が生まれ、ある種テレビバラエティのようなながら見感覚になってしまう部分が少なからずあった。
静とまでは言わないが常にのろのろとした動きの映画とも言えるかもしれない。
そこを補完したのが今回の動的要素のレースシーンだ。
随所にこのシーンが散りばめられる事で集中力も途切れず、ウィル・フェレルとジョン・C・ライリーの掛け合いにも耳目が向き、しっかりと笑える。
そしてバカな展開の中に熱きレースという組み合わせのアンバランスさも俯瞰して見た時に笑える。
「一位以外は全部ビリだ!」という印象に残る父親の台詞もレースシーンを熱くするカンフル剤になっているし、映画のクライマックスでずっと一位になれなかった男を救う伏線にもなっていて
ギャグ一辺倒では訪れない感動もしっかりと生んでいる。
結果的に今作は笑いの部分がくっきりと浮き上がった印象があるし、皮肉というスパイスを抜きにしても十分娯楽的に見る価値のある映画に仕上がっている。
アダム・マッケイ作品を順々に見ていく中ではこの映画は実験的な作品のように見える。
近年の作品をみればアダム・マッケイがコメディの中にやはり辛辣な皮肉を込めているのは疑いようがないと思うが、この作品では「コメディ軸の強化」のような位置付けができるのではないかと個人的には思っている。
あんまり好きじゃないところ
全体の印象としては笑える良作という印象が強いが、もちろん玉に瑕もある。
ゲイキャラクターの類型的描き方
サシャ・バロン・コーエン演じるジャンというフランス人ドライバーはゲイで、且つそれを公表しているキャラクターだ。
このキャラクターの描き方がやはり「いわゆるゲイ」的、類型的なデザインになっているのが少し気になる。
言う事為す事がパブリックイメージのゲイ(日本のオネェキャラ的な感じ)の言動ばかりでジャンという個人というよりはゲイのイメージそのものを登場人物にしてしまっている感じがして現代から見るとなかなかヒヤリとする描き方だ。
多分公開当時に自分が見ても何も感じなかったかもしれないが今となっては物議をかもすレベルな気もする…最後のキスも何の意味があるかわからなかったしあまり笑えなかった…。
せっかくサシャ・バロン・コーエンが演じているのに生かしきれてないのではないだろうか
笑いは多いが、感情描写が少ない
笑いが多いことには大歓迎だが、その要素を少し減らしてでも登場人物が何を感じ、どのような気分から次のアクションを起こすのか…それを解らせる描写や組み立てが少ないかなと感じた。
例えば主人公リッキーがエイミー・アダムス演じるスーザンに惚れてキスをするシーンの唐突さはすごい。
エイミー・アダムスがリッキーに対してどんな感情なのか曖昧で、そしてその逆も然りの状態でラブシーンさながらの音楽が流れて二人が結ばれるシーンは少し置いてけぼりにされてしまう。
おまけに物語上特に思い入れのない彼女の助言でリッキーはレース復帰を決めてしまうのだが、主人公の決断のシーンなのだからもう少し感情ドラマの組み立てがないと、見ている側は乗れない部分がある
アダム・マッケイ作品は強すぎる個性の主人公or群像劇的な作りのどちらかにわかれるが、せめて前者の方向性ではもう少し感情の作劇に力を入れてほしいという気がどうしてもしてしまう。
笑いがそれをカバーしてくれている部分も多いにあるが、それでもやはり気に掛かるというのが正直なところ…
参考作品
そんなわけでアダム・マッケイ特集第二弾「タラデガ・ナイト オーバルの狼」でした。
最後は不満点を述べてしまったけど、基本的には笑えて、レースシーンでは意外なほど興奮できてしまう二段味な映画なのでとってもおすすめです。
アカデミーのノミネート発表で「ドント・ルック・アップ」を見る人が多いと思うのでついでに観てもらえたらと思います。
(と、これを書いていたらアカデミー賞ノミネートが発表されており見事「ドント・ルック・アップ」ノミネートされてました!おめでとう!アダム・マッケイは監督賞ではノミニーならずで少し残念。
ついでに濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門でノミネート!すごい!)
「タラデガ・ナイト オーバルの狼」amazon prime videoのリンクはこちら
最後にテイストが似てたり、関連性のある参考作品をあげておきます。
特に「フォードVSフェラーリ」の「似て非なる」ではなく「非て似てる」物感はぜひとも感じてほしいです
・「フォードVSフェラーリ」 監督:ジェームズ・マンゴールド
・「テッド・ラッソ」:apple TV+オリジナル映画
・「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」監督:ラリー・チャールズ、主演:サシャ・バロン・コーエン
「フォードVSフェラーリ」はU-NEXTで観れます

そんな感じ!
アダム・マッケイ特集第三弾「俺たちステップブラザーズ」もお楽しみに!
ではまた!
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