「ウォーリアー」映画レビュー(ネタバレ)肉体だけじゃない、言葉も魅力的な格闘映画!!

映画

スポーツをテーマにした映画が好きだ。

がしかし、いつも聴いているラジオ番組「ウィークエンドシャッフル」でのスポーツ映画特集でTOP10ランキングに自分が観た事がある映画が「ロッキー」と「クリード」だけだったのが何とも悲しく、悔しかった。
ので、もっとスポーツ映画に詳しくなりたいと思い、少しづつだが観ていこうと思った。

ちなみにこの特集はとても勉強になるし、語り手の芝山幹郎さんの語り口も耳心地が良く聴きやすいので是非とも聞いてほしい

町山智浩・宇多丸・芝山幹郎の三世代映画評論家が語る「スポーツ映画の名作」とは?【ロッキーは4位】
独自な視点から様々なカルチャーを研究・発信し、その先を目指す「ビヨンド・ザ・カルチャー」。10/15は…スポーツを題材にした映画の頂点を決める「スポーツ映画総選挙2018」!!スタジオにお迎えしたのは…映画評論家の芝山幹郎さん!...

がしかし、だいぶ前に聞いたこの放送からそんなことはすっかり忘れてしまっていてFilmarksでブックマークをつけていたのを偶然見かけて今回観るに至ったわけだ。

基本的にツタヤに行くとフィルマークのブックマークの古い順に借りているのだが、そうすると結構観る映画のジャンルがバラバラになり(別に悪いことではないんだけど)あまり体系的に映画を観ることができていない気がするので、今後は必ず〜監督のものは一本は借りるとか、〜ジャンルは一本は借りるなどしようかなと思っている。

のでまぁ、とりあえず今借りている映画を早く片付けたい気持ちでいっぱいだ。

そんな焦る気持ちを抑えて今回鑑賞したのがこちら

「ウォーリアー」である

「ウォーリアー」(原題:WARRIOR)
公開:2011年(米)2015年(日)
監督:ギャビン・オコナー
脚本:ギャビン・オコナー、アンソニー・タンバキス、クリフ・ドーフマン
出演:トム・ハーディー、ジョエル・エドガートン、ニック・ノルティ

あらすじ
幼い頃から父にレスリングの激しい訓練を受けていた兄弟の兄ブレンダン(ジョエル・エドガートンと)弟のトミー(トム・ハーディー)。
しかしある時から父はアルコールに溺れ、暴力を振るうようになり、兄ブレンダンは弟と母を残し家を去ってしまう。
やがて母は病に倒れ、弟のトミーも家を去る事になる。
兄はプロ格闘家になるも芽が出ずに大学を卒業し物理の高校教師に、弟は軍隊に入りイラクへ派遣される。
数年間顔を合わさなかった兄弟だったが、互いの事情から二人は優勝賞金500万ドルの総合格闘技グランプリに出場する事になる。
長い疎遠が二人の間に憎しみを生み、二人が憎んでいた父親が二人の間で過去を悔い改める。
兄弟とその父、3人の戦いの果てにあるものとは…

サスペンスにも似たスムースで推進力ある話運び

物語の序盤は登場人物がどんな背景を背負っているか、そして彼らが互いにどんな関係性なのかが少し分かりづらい。

しかし、それらが徐々に開かれていくのがこの映画を観ていてとても気持ちの良い部分だ。
パッと開けるわけでもなく、わざわざクドクドど言葉で語るような野暮なこともしない。
とても自然に、そして徐々に彼らの人間性がオープンになっていくのでとても物語に入っていきやすい作りになっている。

加えて、ちょっとサスペンス的な「謎」が随所に散りばめられているところも話運びに絶妙な推進力をもたらしている。
具体的な部分を挙げよう。

序盤は家庭を持ち、子供が重い病に侵され、治療費のために持ち家を手放す選択に迫られる兄の苦境と、
長い間姿を表さなかった弟が目的もなく格闘技のため、不仲になった父親を尋ねる様子が描かれる。
初めはよくわからなかった関係性や、人物の背景が、徐々にだがとてもスムースに頭に入ってくる。

しかし、突然場面は主軸の二人とは全く関係のないイラク戦争の前線へと移る。
全く予想していなかったシーンなだけに少しハッとさせられる。

ここではイラクに派遣された米兵がネットで話題になっているある映像を観ている。
その映像とは、およそ観たことのないファイターであるトミー(トム・ハーディー)が人気ファイターであるマッドドッグをスパーリングでボコボコにする映像だ。
するとこの映像を観ていた若い米兵が何かに気づいたようにあるものを必死に探し始める。
彼が探していたのは戦場で撮影されたあるビデオテープ。
そのビデオテープを見つけるとそこにはトミーの姿が写っていた。
しかし、このシーンではこのテープの意味するところまではまだ明かさない。

こういった作りになると観ている側はどうしても続きが気になって映画に入り込んでしまうのだ。
トミーはイラクに行っていたのか?戦争で何か大変な事をやらかしたのか??
そんな、気になる気になる!で頭がいっぱいになるのだ。

この映画は決して大きな起伏がいくつもあるようなストーリーではない。
しかし、こうして話運びの手法的な面で、映画自体に豊かな起伏をつけているのだ。

こうなると映画への没入度が一気に高まって観ている側はどんどん映画や登場人物の心情に引き込まれてしまう。

スポーツ映画特有の言葉の魅力

もう一つ、この映画の話をスムースに、豊かに進めていく要素がある。

それがこの映画の「言葉」の魅力だ。

感情を奮い立たせる言葉は人の心を掴み、人を画面に釘付けにして離さない。
スポーツ映画というものは肉体的、身体的な表現の美しさや軽やかさ、激しさを描き切るのは言うまでもない。
しかし良いスポーツ映画というものは実は肉体、身体もさることながら、熱く、時に美しい「言葉」の映画であると個人的には思っている。

例えば「ロッキー」では、ロッキーが寂しげに、しかし確固たる決意を秘めて口にする

「俺は、俺がBum(クズ、ゴロツキ)じゃないってことを証明するんだ」

というセリフは、負け犬のロッキーの心情がストレートに、決して誇張されない等身大の言葉として発せられるている。
そしてそれが決死の覚悟で戦うロッキーの姿と組み合わさることで、世界中の弱くて、ふさぎ込んでいる人の心に突き刺さる。
戦う人間の言葉は人の胸をうつものだ。

とは言ってもだ、この映画では実は戦う人間自体はあまりクドクドと喋るタイプではない。
ではこの映画では誰が言葉を放っているかと言うと、それは彼らを取り巻く仲間や、試合を盛り上げるキャスター、テレビのレポーターだ。
ロッキーのように人の心に深く刺さるような言葉ではないが、物語を熱く推進する言葉が随所に出てくる。

仲間であるトレーナーが主役の兄弟二人に投げかける言葉は彼らを鼓舞し、集中させる。
万が一試合中に言葉が届かなくても、彼らの言葉は肉体に染みわたり、本能に完璧な動きと、反射神経を植え付ける。

そしてキャスター達が休むことなく吐き出す挑発的ながらも、磨き抜かれた美しい言葉の数々はこの映画のストーリーテリングの役割を果たしつつ、観ている私たちのボルテージを最高潮まで押し上げてくれる。

正直どんな言葉だったか一つ一つ覚えていないのが悔やまれるが、この映画の「言葉」にもぜひ注目して観てほしい。

交錯する兄弟、その結末とは

主役である兄弟二人の心情、二人が背負う重い重圧が実にテンポよく、且つ説明的でなく描かれることで物語は心地よく進んでいく。
そして物語は二人が出場する「スパルタ」という総合格闘技グランプリに。

だがしかし、個人的にはここから先の展開があまり乗れなかった…残念だ。

ここまではとても良い感じで進んできて
これは…けっさく…?
なんて気もしていただけにとても残念だ。

ただこれはあくまで個人的な意見。
この映画は父親役を演じるニック・ノルティアカデミー助演男優賞にノミネートされる程の評価を得ている。
だから、というわけではないが基本的には万人が熱く、感動できる映画なのは全く否定しない。

それでも、なぜ自分は乗れなかったのだろうと考えてみると、ぼんやりだが下記のようなものが浮かび上がってきた。

・「スパルタ」での兄弟二人のドラマが物足りない
・格闘シーンの迫力が足りない
・ラストシーンでのリアリティラインの崩壊

ざっとこんなところが挙げられる。
順番に見ていこう。

「スパルタ」での兄弟二人のドラマが物足りない
物足りないのはあくまで個人的な感想なので、もちろん大満足という人もいただろう。
この物語のラストは決勝まで進んだ二人の兄弟の対決だ。

ただひたすらに打撃で相手を打ちのめす弟と、教師というバックボーンからもイメージできるように劣勢から一発逆転の関節技で一本をとる兄。
二人の、血は繋がってはいるがタイプの違うファイターのぶつかり合い。
父親という共通の憎しみの存在の故に、お互いを憎しみ合うことになってしまった兄弟二人の戦いだ。

ただこの映画、こうやって構図を浮かび上がらせることはとてもスムースなんだけどあんまりそこに感情がついていかないのだ。

お互いが憎しみあってんのはわかるんだけど、
何故憎しみあってるのか?
父親という存在が彼らにとっては今どんな存在なのか?
この戦いはお互いにとってどんな戦いなのか?

そこらへんの熱いものがなんだか伝わってこない気がしてなんとも心苦しかった。
痒いところには、ギリとどいて…   ない!
みたいな、そんな感じだ。

唯一そこが描かれているのは弟であるトム・ハーディーが、禁酒を解禁してベロベロになった父親を優しく抱きしめるシーンだろうか。
あのシーンも彼が親父を許した、、というシーンな感じがしたんだけど
「何で許したのか」
そこをしっかり描いて欲しかった。これはセリフにしてちゃんと出してほしかったというわけではなく、ほんの少しのサインみたいなものでも良かったかもしれない。
なんだかそこに映る行為とか、映画の演出で
作られた「感動」のシーンな気がしてしまって感情がついていかなかった。

要するに、感動のシーンが無条件で感動できるシーンになるべくドラマが少し足りなかったかなと思う。
足りないというよりは、その濃度が薄いというか、物足りなさを感じてしまったのだ。

格闘シーンの迫力が足りない
これに関してもかなり個人的な意見でなので、まぁあんまり気にしないでもらいたい。
しかも自分はなまじ総合格闘技を普段から見ていたりするので、余計に格闘シーンに物足りなさを感じてしまい、そこがまた拍車をかけて映画の展開自体に感情が追いついていかなくなってしまったのではないかと思う。

ちなみに本作はかなりリアルにこだわって作られたらしく、実際のファイターも起用し、演技の際には役者は生血が出たり、肋骨が折れたりしているらしい。
ただ、偉そうに言ってしまうと
そういう問題ではない
怪我をしたからと言ってリアルに見えるわけではないし、黒澤映画のように時代劇じゃなくスポーツなわけだから、んでスポーツは本物に勝るリアルなんてないわけだから、リアルを目指すのではなく、この映画では徹底的に演出とか見せ方にこだわって欲しかった。
(黒澤明の映画では実際の矢が使われたりして、正に本当の危険の中で撮影することで、役者の本当の恐怖の表情をカメラにおさめていた。と、いわれている…。)

むしろリアルを追求した結果、この映画では格闘ファンが盛り上がる要素にあまり力が入ってなかったように思う。
例えば入場シーンで思いっきりテンションを上げるとか、ノックアウトした時の観客の割れんばかりの歓声とか、そういう格闘技イベントで、小さいけれどとても大事なシーンがうまく作り込めていなくて、格闘技の楽しみをあまり知らない人が作ったのではないかと思えてしまった。
でも一つ良かったところとしては、入場曲の無かったトム・ハーディーに、アメリカ軍の仲間たちが駆けつけて、入場する際に軍歌を大合唱するシーンだ。
あんな熱いアイデアが試合シーンの随所に散りばめられていたら良かったのにと思えてしまう。

ラストシーンでのリアリティラインの崩壊
ラストシーンだが、これはさすがに皆がみんな褒めるわけにはいかないだろうと思う。

ラストは肩の関節を決められながらもタップをしない弟トム・ハーディーだったが、ついに兄ジョエル・エドガートンが関節を外しきってしまう。
普通であればここはレフリーのストップが入るが、試合はなんと普通に次のラウンドに移っていく、しかもトム・ハーディーは
自分肩外れてますから、これ外れてますから
と言わんばかりのファイティングポーズだ。腕をだらんとさせている。
弱っている弟相手に、兄は戸惑いながらも猛攻を仕掛ける。
そして最後にはチョークスリーパーを決めながら
「トミー!!愛してるぞ!!」
と叫ぶ、強く、何度も叫び倒すのだ。

ちょっとここまでいくと感動を通り越して笑いすら込み上げてしまうし、正直ここではもはや笑ってしまった。
いやいやさすがにこれはやりすぎでしょとなってしまった。

それでも映画の中ではロッキーよろしく大歓声と感動が二人を包み込んでいる。
こうなってしまうともう置いてけぼりにならざるをえない、全てが茶番のように見えてしまって、もう感情ははるかかなたに一人ポツンだ。
映画に描かれている状況と、自分の感情の乖離が半端ないことになってしまう。

俺、もうついていけないよ
肩外れて試合続行で、しまいには首絞めながらの「愛してる」なんてもう訳わかんないよ。

と、遠い暗闇で私の感情が嘆いているのが聞こえる。

確かに
肩外れて試合続行で、しまいには首絞めながらの「愛してる」
なんて、文にして書くと意外にも感動的な気もしなくもないが、ここでは映画のリアリティのラインが崩壊してしまっているので全く感動には繋がらない。

リアリティラインとは、その映画がリアルに沿って描かれているか、という事ではない。
その映画自らが引いた、その映画の中でのリアルか、そうではないかのラインのことだ。

例えばドラゴンボールでは死んだ人間がかなり普通に蘇る。
あいつまた死んだか、よし、シェンロン呼んで生き返したろ
そんなことが日常茶飯事に行われているから、
ドラゴンボールの中では人が死ぬくらいはそんな大した事ではありません。
という価値観が見ている人に共有されている。
そしてそんなハチャメチャな世界ではもはや強さだけが正義になっている、彼らの中では人情話とかは基本的には全く話題ならない。
急に人間関係のもつれがお話のメインになってきたりもしないし、仮に悟空と悟飯のシリアスな親子の確執なんかが始まろうものなら
え、なんかこんなんドラゴンボールとちゃうやん
ということになるのである。(それはそれで面白い気もするが。)

まぁあんまり良い例えじゃなかった気もするが、リアリティラインに関しては今後もきっと書くことがあると思うのでなんとか良い塩梅のたとえ話を模索していきたい。

この映画は基本的にストイックに、時に瞬間的にガッと燃えるような形で人間ドラマを描いている。
しかし、惜しいことに最後の最後で勢いに任せた展開で終わってしまう。
要するに急に映画のテンションやテイストがガラッと変わってしまっているのだ。

もちろんそれが悪いわけではないのだが、この映画では明らかに良い方向に転んでいないのではと思う。
この映画特有の瞬間的なガッと燃える展開で終わるのはいいかもしれないが、その温度調整を間違えてもはや大火事につながってしまった感じだ。
この部分はなかなか残念な部分。
映画と自分との距離がサーっと離れていくのを、サーっという音が聞こえるくらいに感じてしまった。

そんなわけで、終わりにやたら批判的に書いてしまったせいか全然好きじゃない映画に思われそうだけれど決してそうではない。
「ウォーリアー」は胸を張ってオススメできる作品であることは間違いない。
スポーツ映画だけでしか味わえない、胸が熱くなる要素がたくさん詰まっている良い映画だ。
特に、トム・ハーディーの「何かを失ってしまった男」感は特に取り立てて書くことはなかったけれど本当に好演なので、それだけでも見る価値はある思う。

同じ格闘ものスポーツ映画では、「ロッキー」はもちろんのこと、新章の「クリード」なんかは最近の映画なので見やすくて、きっと誰だって胸が熱くなるのでおすすめだ。
ついでに「クリード」に関して書いた私の過去ブログもオススメしたい。
「クリード」シリーズだけではなく「ロッキー」シリーズも少し包括した内容になっているので体系的にシリーズの雰囲気を掴めるのではないかと思う。

今少し読み直すと誤字脱字が多いのも見所の一つだ。

そしてもう一本、邦画ならば「百円の恋」がとても良かったので、こちらも是非見て欲しい。
安藤サクラの変わりゆく姿がなんとも凛々しく、かっこいい。

安藤サクラの体当たり演技が光る!映画『百円の恋』予告編

そんなこんなで、あなたも胸が熱くなるスポーツ映画の世界に飛び込んでみよう!!

では

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